「量子コンピュータ人材が足りない」と、あちこちで言われます。私はこの言い方に、ずっと違和感を持っています。
量子コンピュータ人材と、最先端人材は、別物です。似ているようで、企業にとっての値打ちがまるで違う。そこを混ぜたまま育成予算を組むと、採った人も、採った会社も、数年後に困ることになります。
量子コンピュータ人材とは、適性の話である
「量子コンピュータができる人」とは、要するに量子力学の形式に馴染める人のことです。複素数の重ね合わせを頭の中で扱い、測定で確率に潰れる世界を気持ち悪いと感じずにいられる。ユニタリ行列を回路として読める。
これは適性です。向き不向きがはっきり出ます。訓練で伸びる部分はありますが、そもそも向いていない人を何年かけても、向いている人には追いつきません。逆に、向いている人は驚くほど早く到達します。
適性の話である以上、できることは「見つける」ことであって「育てる」ことではありません。にもかかわらず、世の中の人材育成は「育てる」前提で組まれています。当サイトが報じているK-12からの量子教育や大学の人材パイプラインは、裾野を広げて適性のある人を見つけるという意味では正しい。⚠️ しかし企業が同じことを社内でやろうとすると、話が変わります。
最先端人材とは、成長の話である
一方、最先端人材というのは、技術の中身で定義されません。新しい技術が出てきたときに、それを取り込みながら自分を作り替えられる人のことです。
量子コンピュータが分かるかどうかではない。3年前に触っていなかった道具を、いま当たり前に使っているかどうか。そういう人は、量子が来れば量子を、生成AIが来れば生成AIを、次に何か来れば次のものを取り込みます。
⭐ 前者は「いま何ができるか」で測られ、後者は「何になれるか」で測られます。この差は、技術が速く動くほど開きます。
分野に取られる、という問題
ここからが本題です。
量子コンピュータ人材として育てられた人は、その分野に取られます。量子の言葉で考え、量子の学会に行き、量子の求人を見る。当人にとっては専門性が高まっているのですが、企業から見ると、その人は量子の案件にしか当たらない駒になります。
⚠️ そして量子以外の分野へは、思ったほど出ていけません。量子の専門性は、隣の分野にそのまま持ち出せる形をしていないからです。誤り訂正符号の設計ができることと、自社の在庫最適化を解けることは、別の能力です。
最先端人材は逆です。分野に属していないので、どこにでも行けます。量子の案件が来れば量子をやり、来なければAIをやる。企業にとって、遊ばない。
ビジネス応用ができるのはどちらか
ここが決定的です。
量子コンピュータの案件で、実際に詰まるのはどこか。回路が書けないことではありません。自社の課題を、解ける形に切り出せないことです。何を最小化したいのか、制約は何か、どこまで近似していいのか、そもそも量子でやる必要があるのか。
これは量子の知識ではなく、事業の知識と、技術の見立てを両方持っている人の仕事です。最先端人材の領分です。
当サイトの記事を見ていても、伸びている取り組みは境目に立っています。IonQとORNLとNVIDIAがAIで量子回路の合成を進めているのも、Quantum MachinesがNVIDIAの道具と量子ハードウェアをつないでいるのも、量子だけを見ている人の仕事ではありません。量子とAIと計算基盤のあいだにいる人の仕事です。
⭐ いま価値が出ているのは、分野の中心ではなく、分野の境目です。
では、企業は何をすべきか
私は以前、量子人材の育成はもう不要と書きました。生成AIが入口を下げたからです。今回の話は、その続きにあたります。
採るべきは、量子ができる人ではありません。新しいものを取り込める人です。
- 量子コンピュータ人材は、必要になったときに見つければよい。適性の問題なので、育てるより探すほうが速い
- 社内で育てるなら、分野に閉じない形で育てる。量子の教育プログラムを社内で回すのは、いちばんやってはいけないことです。せっかくの人を、量子の外へ出られなくしてしまう
- 最先端人材には、分野をまたがせる。量子だけを担当させない。AIも半導体も触らせる。そのほうが、量子の案件でも良い仕事をします
⚠️ 誤解のないように書いておくと、量子の専門家が要らないと言っているのではありません。⭐ 要るのですが、それは「抱える」ものではなく「つながる」ものだということです。深い専門性は外部にあり、必要なときに組めばいい。社内に置くべきは、その専門性を呼び出して事業につなげられる人です。
最後に
量子コンピュータは、あと数年で「特別な技術」ではなくなります。誤り訂正が効きはじめ、道具が揃い、AIが入口を下げ続けている。そうなったとき、量子コンピュータ人材という肩書きの値打ちは下がり、最先端人材の値打ちだけが残ります。
いま人材育成の予算を組んでいる方に申し上げたいのは、その予算の宛先を確かめてください、ということです。量子を教えていませんか。教えるべきは、新しいものが来たときに自分で取りに行く態度のほうです。それは量子でも、AIでも、次に来る何かでも同じように効きます。
分野は変わります。取り込める人は、変わりません。
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