なぜ今まとめるか
2026年10月15日、ハーバード大学、Anthropic、QuEra Computingに所属する研究者が、Claudeに量子回路を設計させた論文をarXivに投稿し、翌16日にAnthropicが自社のブログで紹介しました。8月27日には、中性原子方式の量子コンピュータを作るQuEraが、Claudeを使って装置のレーザーの制御ソフトを作ったと発表しています。IBMのQiskitやClassiqなどは、Claudeを含むAIエージェントから量子の開発ツールを呼び出せるようにしました。
ただ、これらは「何を確かめたか」がそれぞれ違います。実物の装置で動かしたもの、古典計算機上で正しさを確かめたもの、接続の仕組みを公開しただけのものがあります。この記事では、確認できた事例を一次情報に沿って並べ、どこまでが確かめられているかを分けて整理します。
研究で回路を見つける——ハーバード・Anthropic・QuEraの論文
arXiv:2610.22367の著者は、Andi Gu氏(ハーバード大学、Anthropic STEM Fellows Program)、Alek H. Kemeny氏(Anthropic)、Susanne F. Yelin氏(ハーバード大学)、Mikhail D. Lukin氏(ハーバード大学、QuEra Computing)の4人です。当サイトでも大規模言語モデルによる最先端量子回路の発見で紹介しました。
仕組み
対象は、化学計算や最適化、数論のアルゴリズムで計算量の大半を占めることがある「部品」の量子回路です。量子回路では途中の値を消せない(可逆でなければならない)ため、普通のプログラムをそのまま移すと無駄が多くなります。
論文では、進化的探索の枠組みOpenEvolveのもとで、Claude Mythos 5に回路を組み立てるPythonコードを書かせました。出発点は人が書いた課題の仕様と空のプログラムだけです。Claudeは方針の違う設計案を複数出して並行して改良し、出来の良い案はときどき別の系統と共有されます。
採点は独立した評価器が行います。この種の回路は、計算基底の入力についてビット列と位相の変化を追えば古典計算機で正しさを確かめられます。指標は、トフォリゲート数(T)と同時に使う量子ビット数の最大値(Q)の積「TQコスト」です。
結果
8つの課題のうち7つで、比較対象よりトフォリ数と量子ビット数の両方が少ない回路が見つかりました。TQコストの削減倍率(論文の表I)は、固定小数点のガウス関数で39倍、HHLアルゴリズムの回転角で32倍(トフォリ1.6万・量子ビット300 → 1,348・115)、DQI用のリード・ソロモン復号器で12倍、クーロンポテンシャルで9.9倍、非可換格子ゲージ理論のシミュレーションで7.7倍、Fe2S2分子のalias–Selectで4.1倍です。エルミート符号のDQI復号器は、文献に可逆回路がないため単純な可逆実装と比べており、倍率は示されていません。
8つ目の素体上のモジュラ逆数では、古典計算で使われる「divsteps」を、分岐の記録を保存せずに逆算できる形で可逆回路にしました。512ビットのベンチマーク回路はトフォリ400万・量子ビット935個です。既存の実装はトフォリ数と量子ビット数の配分がそれぞれ違うため、論文は単一の比較対象や倍率を示していません。
Anthropicのブログが加えている情報
Anthropicの10月16日のブログによると、楕円曲線の点加算の課題でClaudeは53時間作業し、人が関わったのは最初の1段落の指示と、ときどき探索を広げるよう促したことだけでした。divstepsの逆算の規則は、数値シミュレーションで確かめたうえで定理証明系Leanでも形式化したとしています。新しい設計の1つは、最も量子ビットが少ない既存の設計と比べて、量子ビットが12%多い代わりにゲート数が17分の1だとしています。
限界も書かれています。初期の実験でClaudeは慎重すぎ、裏付けのある改善を何度も確かめ直したり、よく知られた方法を好んだりしたため、複数の方針を並行して出させ、ときどき探索を広げるよう促したとのことです。
なお、ブログは「8つの部品すべてで量子ビット数とゲート数の両方を減らした」と書いていますが、論文の要旨は「8つのうち7つで両方を減らし、8つ目では新しい構造を見つけた」です。数字は論文の表に拠るのが確実です。
実験装置を動かす——QuEraのレーザー制御
Anthropicは2026年8月27日、AIエージェントが実験装置を安全に操作するための共通仕様「Model Hardware Standard(MHS)」の研究プレビューを発表しました。協力先の1つがQuEraで、同日にQuEraも自社ブログとプレスリリースで結果を公表しています。
中性原子方式では、原子を操作するレーザーの周波数を決まった値に保つ(ロックする)必要があり、ロックが外れると装置は止まります。大きく外れた場合、熟練者が5〜10分かけて戻していたといいます。作業は本番の量子コンピュータではなく、チタンサファイアレーザーの試験台で行われました。Anthropicの記事によると、以前に人手で作った復旧スクリプトの成功率は約58%、1回あたり約150秒でした。
Claudeは、MHSを通じて実物の計器を読み設定を変えられる状態で、仮説を立てる、スクリプトを書き換える、実機で試す、記録を読んで次を決める、という4つの役に分かれて夜通しサイクルを繰り返しました。安全上の上限や非常停止は、モデルとは独立にハードウェア側で強制されているとQuEraは説明しています。
完成したスクリプトをAIを外した状態で試すと、7種類の乱れを各100回起こした計700回のうち695回で正しい周波数に戻りました(99.3%)。復旧時間は0.9〜5.4秒、波長が遠くへ跳んだ最も難しい場合で約10〜14秒でした。失敗した5回は試験台の状態が原因で、スクリプトが成功と誤報告したことはなかったとしています。続いて12個のパラメータの調整も任せたところ、残留周波数雑音は5分の1になり、約19時間の無人運転でロックが外れた回数は0回(以前は1時間あたり1.6回)だったとしています。
ここで実機上で動いたのはレーザーの試験台で、量子ビットを使った計算を走らせたわけではありません。最終的に装置を動かすのはClaudeではなく、Claudeが書いた決定論的なスクリプトです。QuEraは、稼働中の装置へ入れるのは次の段階だとしています。どのClaudeモデルを使ったかは、QuEraの発表にもAnthropicの記事にも書かれていません。
量子ソフトの開発・道具とつなぐ
Claudeから量子の開発ツールを直接呼び出せるようにする動きもあります。多くは、AIエージェントと外部ツールをつなぐ共通の仕組みMCP(Model Context Protocol)を使っています。いずれも特定のモデル専用ではなく、Claudeは対応先の1つです。
- IBM/Qiskit:Qiskitの公式GitHub組織がQiskit MCP Serversを公開しています。回路の作成、IBM Quantumの実機を扱うRuntime、トランスパイラ、文書検索などのサーバーがあり、READMEにはClaude Codeへの登録コマンドが載っています。IBMの公式ドキュメントも接続先の例にClaude Desktopを挙げています。
- Classiq:2026年7月15日、量子プログラムのモデル化・合成・実行・解析をAIコーディングエージェントから行えるプラグインを発表し、対応先にClaude Code、Cursor、Cline、Codexを挙げました。
- Conductor Quantum:2026年3月16日に「CODA MCP」を公開しました。Claude DesktopやClaude Codeから、IBM、AQT、IQM、IonQ、Rigettiの量子コンピュータと、34量子ビットまでのシミュレーターを呼び出せるとしています。当サイトの記事はConductor Quantum、CODA MCPを発表です。
- AWS:2024年9月18日の公式ブログで、Claude 3 Sonnetと文書検索(RAG)を組み合わせてAmazon Braket用の量子コードを書くアシスタントの作り方を紹介しました。例はローカルのシミュレーターで動かしています。
これらは「つなぐ仕組み」の公開で、Claudeが書いた量子コードの正答率などを各社が測って示したものではありません。
ベンチマークで見るClaudeの量子タスクの成績
Claudeを含む言語モデルを量子のタスクで比べた論文もあります。使われたClaudeはどれも1世代以上前のモデルで、Claude Mythos 5は含まれていません。
- QuanBench+(ベイルート・アメリカン大学など、ICLR 2026ワークショップ論文):Qiskit、Cirq、PennyLaneで同じ内容の42課題を解かせました。Claude-3.7-Sonnetの1回目の正答率(Pass@1)はQiskit 45.2%、Cirq 35.7%、PennyLane 26.2%、誤りを返して直させる条件では57.1%、59.5%、47.6%です。Qiskitの1回目で最も高かったのはGemini-3-Proの59.5%でした。
- テンソルネットワーク計算のエージェント(香港中文大学深圳校など、2026年1月15日):多体系シミュレーション3課題でDeepSeek-V3.2、Gemini 2.5 Pro、Claude Opus 4.5を比べ、複数エージェント構成のDeepSeek-V3.2が87%の実行で満点でした。Claude Opus 4.5はイジング模型とスピン・ボソン模型では良い結果を出した一方、レチナールの課題で引数が空のツール呼び出しを出して作業が止まることがあったと論文は書いています。Claudeの平均点は本文に数値で示されていません。
- QCTRL-Bench(清華大学など、2026年5月25日):16の量子制御課題をシミュレーションで評価し、較正誤差を入れた条件では、3つの方法すべてでQwen 3.5 Plus、Gemini 3.0 Flash、Claude Sonnet 4.5、GPT-OSS-120Bの順だったとしています。
結果はモデルの世代、課題の作り方、エージェントの組み方で変わります。ここから「量子に向くモデル」を一般論として引き出すことはできません。
Anthropic自身の動き
Anthropicは2026年10月8日、米国政府の科学振興の取り組み「Genesis Mission」に3年間で1億5,000万ドル分の支援をすると発表し、核融合や量子コンピューティングなどの優先分野で各機関や国立研究所と協力するとしました。量子分野の具体的な研究名は示されていません。回路設計の論文では、Anthropicの量子物理学者Kemeny氏がSTEM Fellows Programの参加者を指導しています。
事例の一覧
| 事例 | 発表日 | 何をしたか | 使ったClaude | 実機か | 出典 |
|---|---|---|---|---|---|
| 回路設計(ハーバード・Anthropic・QuEra) | 2026年10月15日 | 7課題でTQコストを4.1〜39分の1に | Claude Mythos 5 | 実機では動かしていない(古典計算機の評価器で検証) | arXiv:2610.22367 |
| QuEraのレーザー復旧 | 2026年8月27日 | 復旧スクリプトを作成、700回中695回成功 | 記載なし | 実機(レーザー試験台)、量子計算は走らせていない | QuEra、Anthropic |
| Qiskit MCP Servers | 公開中 | Claude CodeなどからQiskitとIBM Quantumを呼び出す | 特定なし | 利用者次第で実機に接続可 | GitHub、IBM |
| Classiqのプラグイン | 2026年7月15日 | 回路のモデル化・合成・実行・解析 | 特定なし | 利用者が実行先を選ぶ | Classiq |
| CODA MCP | 2026年3月16日 | 5社の量子コンピュータとシミュレーターを呼び出す | 特定なし | 同社によれば実機に接続可 | Conductor Quantum |
| Braket向けアシスタント | 2024年9月18日 | 量子コードの生成・修正 | Claude 3 Sonnet | ローカルのシミュレーター | AWS |
| QuanBench+ | 2026年4月 | 3つのSDKで42課題のコード生成 | Claude-3.7-Sonnet | シミュレーターで判定 | arXiv:2604.08570 |
| テンソルネットワークのエージェント | 2026年1月15日 | 多体系計算の自動実行 | Claude Opus 4.5 | 古典計算 | arXiv:2601.10194 |
| QCTRL-Bench | 2026年5月25日 | 16の量子制御課題 | Claude Sonnet 4.5 | シミュレーション | arXiv:2605.26021 |
どう見るか
Claudeの使われ方は、回路やアルゴリズムを設計させる、実験装置を操作して制御ソフトを作らせる、既存の開発ツールの窓口にする、の3つに分かれます。
回路設計の論文は、古典計算機で正しさを確かめられる種類の課題を選び、評価器で検証しています。入力が大きい課題では無作為に選んだ入力で試験しており、すべての入力を調べたわけではありません。回路は将来の誤り訂正付き量子コンピュータで使う部品で、実機では動かしていません。比べた相手は著者らが選んだ既存の回路で、順位を決める指標(トフォリ数×量子ビット数)も人が決めたものだと論文自身が述べています。論文は投稿されたばかりのプレプリントで査読前です。本文には発見した回路やコードを公開するという記載が見当たらず、第三者による再現はまだです。
QuEraの事例は、実物の装置で700回試した点でシミュレーションだけの結果とは性格が違います。ただし数字はQuEraとAnthropicによる発表で、外部の検証は示されていません。対象は量子ビットではなくレーザーの試験台で、使ったモデルも公表されていません。
ツールの連携は、Claudeから量子の実機や開発環境を呼び出す道筋を用意したものです。それでClaudeが正しい量子コードをどれだけ書けるかは各社の発表では示されておらず、測った論文ではClaudeは首位ではありませんでした。
確かめられているのは、評価器で検証できる回路の設計で既存より資源の少ない設計が見つかったこと(シミュレーション上)と、実物のレーザー試験台でClaudeが作った復旧スクリプトが700回中695回成功したこと(会社の発表)です。量子ビットを使った計算そのものにClaudeの設計や制御を使った結果や、同じ条件で他の言語モデルと比べた回路設計の結果は、まだ出ていません。



