原子時計と同じ仕組みで、量子コンピュータが動くと聞いたら驚くかもしれません。実はイオントラップ方式は、原子物理の研究で長く使われてきた技術がもとになっています。今回の「方式くらべ」では、このイオントラップ方式を取り上げます。
まず量子ビットの作り方から見ていきます。イオントラップ方式では、電気を帯びた原子、つまりイオンを量子ビットとして使います。真空中に電極を並べ、電場の力でイオンを空中の一点に閉じ込めます。閉じ込められたイオンは何もしなければじっと浮いています。しかしレーザー光を当てることで、内部状態を思い通りに変化させられます。この内部状態の組み合わせが、0と1を重ね合わせた量子ビットの状態にあたります。複数のイオンを一列に並べ、イオン同士の振動を介して情報をやり取りすることで、量子ビット同士の演算も行えます。
この方式の強みは、量子ビットの質のよさです。イオンはもともと自然界にある原子なので、どのイオンも性質がまったく同じです。製造にばらつきが出やすい人工的な量子ビットとは、この点が大きく違います。またレーザーの制御技術が発達しています。そのため、演算の精度、つまり操作が狙い通りの結果になる確率を高く保ちやすいという特徴もあります。
一方で弱みもあります。イオンを閉じ込めて操るには、真空装置やレーザー光学系など、精密な周辺機器がたくさん必要です。量子ビットの数を増やそうとすると、イオンを並べる列が長くなります。そのため、レーザーを一つ一つ正確に当てる制御が難しくなります。演算の速さも、超伝導方式など他の方式に比べるとゆっくりめだと言われています。装置全体が複雑になりやすい点も、この方式の難しいところです。
いまどこまで来ているのかは、資料からは具体的な量子ビット数や精度の数値は確認できません。そこはまだ分かっていません。ただし実際に稼働している装置があることは、資料からわかります。IonQとEPBの提携の記事があります。その記事には、Chattanoogaの拠点に「IonQ Forte Enterprise」というオンプレミス型のイオントラップ量子コンピュータが設置されたことが書かれています。そこでは商用展開の準備が進んでいるとされています。
この方式に取り組む企業や機関にも触れておきます。イオントラップ方式を代表する企業として、記事にたびたび登場するのがIonQです。IonQとSandia National LaboratoriesのMOUがあります。そのMOUでは、国家安全保障用途に向けた計画が示されています。具体的には、イオントラップハードウェアの開発を進めることが発表されています。もとをたどると、Sandiaはこの提携以前から関わりがありました。IonQの初期の量子プロセッサに使われたイオントラップチップを作っていた関係にあります。さらにIonQのSkyWater Technology買収についても触れておきます。この買収では、イオントラップ方式の量子プロセッサを自社工場で作る体制まで整えたことが伝えられています。
もう一社挙げるならQuantinuumです。JIJの資金調達とパートナーシップの記事があります。そこでは、JIJについて触れられています。JIJはQuantinuumのイオントラップ型ハードウェアにアクセスできるようになったことが紹介されています。ソフトウェア企業がイオントラップ方式のマシンを使ってアルゴリズムを検証する、という動きがあります。この動きが実際に始まっていることがわかります。
イオントラップ方式を一言でまとめると、質のよい量子ビットを、複雑な装置で丁寧に操る方式だと言えます。次回は、また別の方式を取り上げます。



