「今の量子コンピュータは、まだ本物じゃない」と聞いたことがあるかもしれません。では本物とは何なのでしょうか。
その疑問に答えるカギになるのが、NISQと耐障害性量子コンピュータという2つの言葉です。NISQとは「Noisy Intermediate-Scale Quantum」の略です。ノイズが多く規模も中くらいの量子コンピュータを指します。今、実際に動いている量子コンピュータは、ほぼすべてこのNISQです。一方、耐障害性量子コンピュータは、誤りが起きても正しい答えを出し続けられます。いわば量子コンピュータの完成形です。この2つの違いを知ることが、業界のニュースを読み解く土台になります。
NISQの一番の弱点は、計算の途中でノイズが入りやすいことです。量子ビットは非常にデリケートで、周りの熱や電磁波にすぐ影響されてしまいます。計算のステップが増えるほど、つまり回路が深くなるほど、ノイズが積み重なって答えがぶれていきます。だからNISQでは、あまり複雑な計算をさせると、出てくる答えの信頼性が下がってしまうのです。
これに対して耐障害性量子コンピュータは、誤りが起きても「訂正」する仕組みを持ちます。たとえるなら、1個の電球ではなく、たくさんの電球を束ねて1つの明かりとして扱うようなものです。一部の電球が切れても、束全体としては明るさを保てます。量子コンピュータでも同じように、複数の物理量子ビットを束ねて1個の「論理量子ビット」を作ります。そして、誤りを検出して訂正します。ただし、この仕組みには膨大な数の物理量子ビットが必要で、まだ実現には遠い道のりが残っています。
では、NISQと耐障害性の間には何が要るのでしょうか。答えは、両者をつなぐ「中間の工夫」です。完全な誤り訂正は難しくても、誤りを検出するだけなら、もっと少ない資源で実現できます。IBM量子コンピュータで実証:誤り検出符号による量子シミュレーションの精度向上という研究では、136個の物理量子ビットで42個の論理量子ビットを作りました。そして、誤りを検出する符号を使いました。完全な耐障害計算ではなく、必要な部分だけを厳密にする「部分的耐障害」という考え方です。回路が深く誤りが蓄積しやすい場面ほど、この工夫の効果が大きく出たと報告されています。
もう一つの道が、ソフトウェアで誤りの影響を抑える「誤り軽減」です。Qedmaが誤り軽減ソフトウェアQESEMをQuantinuumプラットフォームと統合という取り組みがあります。ここでは、ハードウェアそのものを変えずに、ノイズを減らすアルゴリズムを組み合わせています。これはNISQと耐障害性との間を埋める、ソフトウェア側からのアプローチだと言えます。誤りを完全になくすのではなく、賢く抑え込むという発想です。
こうした中間の工夫は、今すぐ役立つ応用にもつながっています。QAOAとは?のようなアルゴリズムは、ノイズがあっても動くように設計されています。そのため、NISQ時代の実用アルゴリズムとして注目されています。またWISERとE.ON、スマートグリッドのエネルギー予測のための量子機械学習をベンチマークという取り組みがあります。ここでは、100量子ビット以上の実機を使って電力需要を予測しました。古典的な手法と比べて、平均絶対誤差を40.37%減らせたと報告されています。こうした事例は、耐障害性を待たなくても、NISQの段階で価値を生み出せることを示しています。
さらに先を見据えた動きもあります。QuantinuumとSoftBankが量子ハードウェアと企業ユースケースを結びつけるフレームワークを発表という発表がありました。そこでは、現世代のハードウェアでの誤り訂正実験から、将来の耐障害性システムまでの時間軸を示すホワイトペーパーが公開されました。これは、企業が耐障害性を待たずに今から準備を始めるための道筋を描いたものです。NISQと耐障害性の間には、こうした段階的な橋渡しがいくつも用意されつつあります。
まとめると、NISQは「ノイズに耐えながら使う今の機械」です。耐障害性量子コンピュータは「誤りを自分で直せる目指す機械」です。その間を埋めるのが、誤り検出や誤り軽減といった中間の技術です。次回はいよいよ最終回です。量子コンピュータでいま何ができて何ができないのか、誇張と実態の見分け方を整理します。
