StarkWareは2026年8月26日、量子コンピュータに耐える方式で署名したビットコイン取引が、メインネットで初めて採掘されたと発表しました。ビットコインの合意規則を一切変えずに行われています。
同社は取引IDを公開しているので、当サイトでチェーンを直接確認しました。発表の内容は、実物と一致していました。
チェーンで確認したこと
| 項目 | 実データ |
|---|---|
| 取引ID | 305a24ffea912b9cf428f29ebf952321c96dab5bab284fc0d0801562f5abab07 |
| 含まれるブロック | 964,199(確定済み) |
| ブロックの時刻 | 2026年8月26日 20時48分34秒(UTC) |
| 採掘したプール | MARA Pool |
| 取引のサイズ | 1,403バイト |
| 手数料 | 5,179 sat |
| 入力 | 2件(39,179 sat と 10,000 sat) |
| 出力 | 1件(44,000 sat) |
動いた額は44,000 satです。1 satはビットコインの1億分の1なので、日本円にすると数百円ほどにあたります。
注目すべきは入力の2件目です。ブロックエクスプローラはこの入力の型を「判別不能」と表示します。通常のビットコイン取引は型が決まっており、ここは空欄になりません。さらに、この入力の解錠スクリプトは1,168バイトありました。通常の署名は72バイト程度です。16倍の長さになっています。
この2つが、後述する「通常のノードは中継してくれない」という事情の裏づけになります。もう1件の入力は通常の形式で、手数料を払うために添えられたものと見られます。
何をしたのか
方式は「Quantum Safe Bitcoin(QSB)」と呼ばれ、StarkWareのAvihu Levy氏が2026年4月に実装と論文を公開したものです。実装はMITライセンスで、この記事の執筆時点でスターは213件でした。
いまのビットコインの署名は楕円曲線暗号にもとづいており、十分な規模の量子コンピュータができると、公開鍵から秘密鍵を割り出せるとされています。この問題への対処は、ふつう「ビットコインの規則を変える」方向で議論されてきました。
QSBはそこを迂回します。既存の規則の中だけで、量子コンピュータに耐える署名の代わりを作ります。具体的には、取引に結びつけた公開鍵をRIPEMD-160という関数で潰し、出てきた20バイトを署名の形式として解釈させます。ランダムな20バイトがこの形式の条件を満たす確率は、実装の説明によると約2の46乗分の1です。
つまり、条件を満たす値が出るまでひたすら計算を回します。実装のREADMEでは費用を75〜150ドルとしており、GPUでの探索速度も載っています。RTX PRO 6000で毎秒2億3,800万回、RTX 4070 SUPERで毎秒8,800万回とされています。実際の探索では「8枚のGPUで約6時間」かかったと記録されています。
数百円を動かすために数百ドルを計算に使う、という比率です。StarkWare自身も費用は「数百ドル」としています。
通常のノードは中継しない
この取引は合意規則には違反しませんが、通常のノードが中継する条件からは外れます。ビットコインには「規則違反ではないが、行儀が悪いので転送しない」という線引きがあり、QSBの取引はその外側にあるためです。
そこでStarkWareは、非標準の取引を受け付けるMARAのSlipstreamというサービスを使い、採掘者へ直接渡しました。実際にブロック964,199を採掘したのがMARA Poolであることは、上のとおりチェーンで確認できます。
普通の利用者が今日から使える方法ではないということです。
ビットコインが量子耐性になったわけではない
ここは誤解されやすいところで、StarkWare自身が発表の中で明確に否定しています。「これはビットコインそのものを量子耐性にするものではない」「ソフトフォークのほうが長期的には良い答えである」と書かれています。
恒久的な対処としては、ビットコインの規則そのものを変える提案が2つ、いずれも草案の段階で出ています。当サイトで確認したところ、内容は次のとおりでした。
| 提案 | 題 | 種別 |
|---|---|---|
| BIP-360 | Pay-to-Merkle-Root(P2MR) | 仕様 |
| BIP-361 | ポスト量子移行と旧署名の廃止 | 情報提供 |
BIP-361についてはBIP-361草案、量子脆弱なECDSA/Schnorr署名を段階的に無効化する提案で取り上げています。
今回の成果が示したのは、規則を変えるまでの移行期間に、既存の仕組みだけでも手はあるということです。規則の変更には合意形成が要り、時間がかかります。その間、量子コンピュータの進歩を待つしかないわけではない、という位置づけになります。
当サイトで確かめたことと、確かめていないこと
取引がブロック964,199に含まれること、入力の型が判別不能であること、解錠スクリプトが1,168バイトあること、採掘したのがMARA Poolであることは、チェーンを直接引いて確認しました。
一方で、この署名が本当に量子コンピュータに耐えるかどうかは、当サイトでは検証していません。実装の説明では、Shorのアルゴリズムに対して約118ビット、Groverのアルゴリズムに対して約59ビットの強度があるとされています。この評価は実装者によるもので、第三者による査読を確認したものではありません。費用の数字も同様に、実装者と発表者による申告です。




