量子コンピュータの説明を聞くと「量子ビットは0と1が同時にある」と聞いたことがあるかもしれません。この説明だけ聞くと、意味が分からなくて当然です。0でもあり1でもある状態が、いったい何を計算に役立てているのか。今回はここを、順番にほどいていきます。
まず普通のコンピュータが使う「ビット」から確認します。ビットは0か1のどちらか一方だけを表す情報の単位です。スイッチがオンかオフか、電気が流れているかいないか、と考えれば分かりやすいでしょう。ビットが8個あれば、0と1の組み合わせで256通りのうちどれか1つを表せます。
一方、量子ビットは0と1のどちらか一方に決まっているわけではありません。量子ビットは、0である度合いと1である度合いを、同時に両方持つことができます。これを「重ね合わせ」と呼びます。ここでの「同時にある」は、コインを回転させながら机の上に立てているような状態に近いイメージです。ただしこのたとえは正確ではありません。実際には、量子ビットの状態を測定した瞬間に、必ず0か1のどちらかに定まってしまいます。測定するまでは0と1の両方の可能性を持ち続けます。測定した瞬間に一方へ収束する、という点が普通のビットとの決定的な違いです。
この重ね合わせのおかげで、量子ビットが増えるほど表せる組み合わせの数が爆発的に増えます。ビットがn個なら2のn乗通りのうちどれか1つしか表せません。ところが量子ビットがn個なら、2のn乗通りの組み合わせすべてを、同時に重ね合わせとして持てるのです。この性質を上手に使うことで、ある種の計算を従来のコンピュータよりずっと速く終わらせられる、と期待されています。
ただし話はこれで終わりません。量子ビットには「もつれ」と呼ばれる、複数の量子ビット同士が強く結びつく性質もあります。もつれた量子ビット同士は、片方を測定した瞬間、もう片方の結果も連動して決まってしまいます。重ね合わせともつれ、この2つが組み合わさることで、量子コンピュータならではの計算が可能になります。
ここまでが仕組みの基本ですが、実際の量子ビットは非常に壊れやすいという弱点も抱えています。周りの環境からわずかな影響を受けただけで、重ね合わせの状態が崩れてしまうのです。さらに超伝導方式の量子ビットには別の問題もあります。本来使うはずの0と1の状態から、エネルギーの高い別の状態へ情報が漏れ出す「リーク」という問題も起きます。東京大学・理化学研究所のグループは、計算に使う量子情報を壊さずにこのリークだけを検出する手法を実証しました。読み出しの最中に特殊なマイクロ波を当てます。これにより、0と1は測定しても壊れないようにしつつ、漏れた状態だけを見分けられるようにしたのです。詳しくは記事で紹介しています。配線を追加せず量子情報を守ったまま「リーク」を検出——中村泰信氏らが固定周波数トランズモンで実証をご覧ください。
もつれや重ね合わせをできるだけ壊さずに保つ工夫は、量子ビットそのものの設計にも及んでいます。D-Wave Quantum Inc.は、光子が失われるエラーを、あらかじめ場所と時間が分かる形に変換できる新しい量子ビットの方式を発表しました。この方式を使い、2量子ビットのゲート操作を高い精度で実証したとしています。詳しくは記事で解説しています。D-WaveがNatureでデュアルレール消失量子ビットのための2量子ビットゲートのブレークスルーを実証をご覧ください。また量子ビット同士のつなぎ方を工夫して、必要な量子ビットの数そのものを減らそうという設計も登場しています。Qarakal Quantum Ltd.は新しいアーキテクチャを発表しました。このアーキテクチャは、量子ビット同士を結ぶ新しい仕組みによって、必要な物理的な量子ビットの数を大きく減らせるとしています。詳しくは記事で解説しています。Qarakal QuantumがPangaeaモジュラーアーキテクチャを発表、量子ビットオーバーヘッドを10分の1に削減をご覧ください。
こうした量子ビットの振る舞いを、普通のコンピュータ上でどこまで再現できるかという研究も進んでいます。量子ビットが増えるほど計算に必要な資源が爆発的に増えます。そのため、効率よくシミュレーションする方法自体が研究テーマになっているのです。この点は行列積展開(MPE):テンソルネットワークを用いた量子回路シミュレーション手法で詳しく扱っています。
今回の答えを一言でまとめます。量子ビットとは、0か1かに決まる前の重ね合わせの状態を保てる情報の単位です。

