量子ビットは壊れやすいから、量子コンピュータはまだ実用にならないと聞いたことがあるかもしれません。実はこれは、半分正しくて半分足りない説明です。壊れやすいのは事実ですが、直す技術の開発がいままさに進んでいます。今回は、量子ビットがどう壊れるのか、そしてどう直すのかを見ていきます。
まず「壊れる」とはどういうことか、具体的に考えてみます。量子ビットとは、0と1の重ね合わせ状態をとれる量子情報の最小単位です。この重ね合わせ状態は、とても繊細です。周りの熱や電磁波、装置のわずかな振動など、ほんのささいな乱れでも状態が崩れてしまいます。たとえるなら、指先に立てた鉛筆のようなものです。理論上はまっすぐ立ちますが、少しの風でもすぐに倒れてしまいます。量子ビットの重ね合わせも、これと似た不安定さを抱えています。しかも量子コンピュータは、この不安定な状態を何万回、何百万回と使い続けて計算を進めます。だから、放っておけば誤りはどんどん積み重なり、計算そのものが意味をなさなくなってしまうのです。
では、どうやって直すのでしょうか。ここで登場するのが量子誤り訂正という考え方です。これは、複数の物理的な量子ビットを組み合わせて誤りを検出し、修正する仕組みです。ポイントは、量子ビットの状態を直接のぞき見しないことです。重ね合わせは、観測した瞬間に一つの答えに定まってしまう性質を持ちます。そのため、状態そのものを見るのではなく、「シンドローム測定」と呼ばれる、誤りの兆候だけを示す情報を集めます。このシンドロームをもとに、どこでどんな誤りが起きたかを推定し、修正する処理を行います。この推定と修正を担う装置を「デコーダー」と呼びます。誤り訂正によって守られた、実用上使える量子ビットのことは「論理量子ビット」と呼ばれます。一つの論理量子ビットを作るには、多数の物理的な量子ビットが必要になります。誤りへの強さを表す指標は「符号距離」と呼ばれます。大きいほど多くの物理量子ビットを使い、より高い信頼性を持たせられます。
ここで大きな壁になるのが、時間の制約です。デコーダーは、誤りの兆候が届いてから、極めて短い時間のうちに答えを出さなければなりません。処理が間に合わないと、未処理のデータがどんどん溜まっていき、訂正そのものが破綻してしまいます。高性能コンピューティングを用いた量子誤り訂正符号のリアルタイム復号アーキテクチャ「THQLink」という研究があります。この研究は、この問題にスーパーコンピュータ並みの計算基盤を使って挑んでいます。符号距離19という比較的大規模な設定を扱っています。それでも、1回の訂正サイクルを1マイクロ秒というリアルタイムで処理できることを示しました。専用のハードウェアではなく、既存の計算資源を活用できる点も特徴です。
同じ課題に、別のやり方で挑む研究もあります。Zero-G:プリデコーダを前提に設計された量子誤り訂正用高速デコーダという研究があります。この研究では、単純な誤りを先に手早く片づける「プリデコーダー」と組み合わせて働く、新しいデコーダーを提案しました。この工夫によって、既存の強力なデコーダーと同じ精度を保ちながら、処理時間を10倍改善しています。また時間的並列性を活用した低遅延な量子誤り訂正デコーダの設計という研究があります。この研究は、シンドロームデータを複数の時間区間に分けて並行処理するという発想で、待ち時間を大きく減らしています。符号距離21という大規模な条件を扱っています。それでも、平均の遅延を35%削減しつつ、訂正の精度は落とさずに済んだと報告されています。
こうしたデコーダーの工夫は、量子ビットを実際に動かすハードウェアの側の進歩とも結びついています。冷却原子向け超高速・高解像度の空間光変調システムを実証という研究があります。この研究では、原子を1個ずつ操る光の仕組みを、高速かつ自由に設計し直せるようにしました。これにより、光学系が抱える制約から切り離して、誤り訂正の方式そのものを設計できるようになると述べられています。誤り訂正は、デコーダーというソフト面と、量子ビットを操る装置というハード面の、両方が噛み合って初めて機能します。そういう技術だと分かります。
まとめると、量子ビットは周りのわずかな乱れですぐ壊れてしまう、とても繊細な存在です。だからこそ、状態を直接見ずに誤りの兆候だけを集め、短い時間のうちに推定して直す量子誤り訂正が欠かせません。次回は、この回で出てきた「物理量子ビット」と「論理量子ビット」の違いを取り上げます。ニュースで見る「◯◯量子ビット」がどちらを指しているのかも、あわせて見ていきます。
