これまでの量子コンピュータの業界には、決まった形がありました。研究室で機械を一台ずつ手作りし、その機械の癖を知り尽くした一握りのエンジニアが、アプリケーションを一つずつ書く。使う側の企業は、その専門家に「何ができるか」を聞きに行く。私たちも長くこの形の中で仕事をしてきました。
この形が、いま逆向きに回り始めていると感じています。アプリは専門のエンジニアではなく生成AIが書く。本体は研究室を出て、半導体の量産ラインで作られる。そして、できた機械はデータセンターに並び、使う人やメーカーが自分の手でアプリを作る。これまでとは正反対の流れです。
アプリを書くのは、エンジニアではなく生成AIになる
量子のアプリケーションを書くには、量子回路の知識、各社の開発キットの使い方、誤り訂正や資源の見積もりといった、専門の積み重ねが必要でした。人材が足りないと言われ続けてきたのは、このためです。
ところが、この部分を生成AIが担う例が出てきました。ハーバード大学とAnthropicの研究者は、言語モデルに回路を書かせ、評価の仕組みと組み合わせて改良を繰り返すことで、8つの課題のうち7つで比較対象の回路より少ない資源で動く回路を見つけたと報告しています(大規模言語モデルによる最先端量子回路の発見)。量子の開発キットを生成AIから直接呼び出せるようにする仕組みも、各社から出そろってきました(Claude×量子コンピュータの動きまとめ)。
もちろん、まだ古典計算機の上で確かめた段階のものが多く、何でも任せられるわけではありません。それでも、方向ははっきりしています。量子のアプリを書く仕事は、少数の専門家の手作業から、生成AIに任せて人が確かめる仕事へ移っていきます。
本体は研究室を出て、量産に向かう
もう一つの変化は、つくる側です。量子ビットを半導体の工場で、既存の製造技術を使って作る動きが一気に進んでいます。
300mmのウェーハで量子チップを作るための設計キット(PDK)を出すファウンドリーが現れました(Anderon、300mmウェーハ製造向けの超伝導量子PDK)。光方式のXanaduは、GlobalFoundriesの300mmラインで部品を作る提携を結んでいます(XanaduとGlobalFoundriesの提携)。シリコンのスピン量子ビットでは、QuoblyがARMのCPUとの統合を進めています(QuoblyとSiPearlの提携)。
量産に向かうと、効いてくるのは物理の新発見よりも、歩留まり、ばらつき、検査、実装、配線といった、半導体産業が何十年も磨いてきた技術です。量子コンピュータは「一台の名人芸」から「工場の製品」になりつつあります。
舞台はデータセンターへ。既存の半導体の仕組みを量子向けに作り替える
量産された量子コンピュータが置かれる場所は、データセンターです。冷凍機をデータセンターに収めるための取り組みや(XanaduとBlueforsの量子データセンター向けの冷凍設備)、量子プロセッサを高性能な古典計算機と組み合わせる提携が(DiraqとDellの提携)、相次いでいます。
ここで大事なのは、ゼロから量子専用の仕組みを作るのではなく、既存の半導体とデータセンターの枠組み――設計の道具、製造の流れ、検査の手順、ラックや電源、運用のソフトウェア――を量子向けに作り替えて使うことだと考えています。すでに世界中で動いている仕組みに乗せれば、量子コンピュータは特別な装置ではなく、計算資源の一つとして扱えるようになります。私たちが半導体の量子コンピュータと、データセンターに収まる小型の冷凍機に取り組んでいるのも、この考えからです。
アプリは、使う人とメーカーが自分で作る
本体が量産され、データセンターに並び、アプリは生成AIが書く。そうなると、アプリを作るのは量子の専門家ではなく、その課題を一番よく知っている人になります。
物流の最適化をしたい会社は、自社の業務を知る担当者が、生成AIを使う技術者と一緒に、自分たちの問題に合わせたアプリを作る。材料や薬を開発するメーカーは、自社の実験データと課題をもとに、生成AIで計算の手順を組み立てる。専門家に「量子で何ができるか」を聞きに行くのではなく、自分の課題から出発して、量子コンピュータを道具として使う形です。
課題を一番よく知る人が自分で作るので、アプリはこれまでより具体的で、役に立つものになるはずです。量子の専門知識は、生成AIと、その出力を確かめる仕組みの側に入っていきます。
これまでとは正反対の流れ
まとめると、次のような入れ替わりが起きています。
| これまで | これから | |
|---|---|---|
| 本体 | 研究室で一台ずつ手作り | 半導体の量産ラインで製造 |
| 置き場所 | 研究室・専用の施設 | データセンター |
| 土台の技術 | 量子専用の仕組み | 既存の半導体・データセンターの仕組みを作り替える |
| アプリを書く人 | 一握りの量子エンジニア | 生成AI(と、それを確かめる人) |
| アプリを作る主体 | 専門の開発会社 | 使う人・メーカー自身 |
量子コンピュータの業界は、専門家が機械とアプリの両方を握る形から、工場が本体を作り、使う人が生成AIでアプリを作る形へ、向きが変わりつつあります。この流れの中で、半導体の技術を持つ企業と、自分の課題を持つ企業の両方に、これまでになかった出番が生まれると考えています。私たちも、その両方をつなぐ立場で取り組んでいきます。
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